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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)1084号 判決

原告 大松物産株式会社

右代表者代表取締役 大松住安

右訴訟代理人弁護士 梶谷玄

同 梶谷剛

同 岡正晶

同 土岐敦司

同 永沢徹

同 佐藤章

被告 株式会社青森銀行

右代表者代表取締役 若山修

右訴訟代理人弁護士 貝出繁之

同 石田義俊

主文

一  原告の主位的及び予備的請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的請求)

被告は、原告に対し、金二億三一七五万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月二九日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  (予備的請求)

被告は、原告に対し、金二億三一七五万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、各種金銭貸付及び信用保証に関する業務並びに遊技場の経営等を業とする株式会社である。

(二) 被告は、銀行業を営む株式会社である。

2  主位的請求―預金払戻請求

(一) 原告は、昭和六〇年一〇月一八日、青森県下北郡大畑町所在の被告大畑支店において、原告銀座支店営業部次長であった岡野悌治(以下、「岡野」という。)名義の普通預金口座(口座番号一四二四一四)を開設して、被告との間で普通預金契約を締結し、同月二五日、原告出捐にかかる合計金五億円を原告銀座支店総務部次長であった大塚洋一名義で右普通預金口座に振込み、預金した(以下、「本件普通預金」といい、これが記帳されている普通預金通帳を「本件普通預金通帳」という。)。

(二) 原告は、同年一〇月二八日、被告に対し、本件普通預金の払戻しを請求した。

3  予備的請求―民法七一五条による損害賠償請求

(一) 同年一〇月二五日、岡野は、青森県むつ市所在の中央水産株式会社(以下、「中央水産」という。)において待機していたところ、同日午後一時四〇分頃、被告大畑支店から、五億円が入金になった旨の電話連絡が入った。そこで、岡野は、銀行員に対し、これから自身で払戻しに行く旨伝え、中央水産の副社長鈴木勝彦と称していた越武(以下、「越」という。)及び経理部長五十嵐博司と称していた阿部博(以下、「阿部」という。)とともに、阿部の運転する車で出発したところ、途中、中央水産の加工センターにおいて、中央水産の代表取締役会長坂浜作と称していた篠原誠(以下、「篠原」という。)及びその配下であった越、阿部らにロープで縛り上げられ、短剣を突付けられて、本件普通預金通帳及び届出印鑑を強取された。

(二) 越及び阿部らは、同日午後二時三〇分頃、被告大畑支店において、右のとおり強取した本件普通預金通帳及び届出印鑑を示し、金五億円の払戻しを請求したところ、同支店の次長浜舘康一(以下、「浜舘次長」という。)及び支店長代理三沢宣継(以下、「三沢支店長代理」という。)は、右請求に応じて、内金二〇〇〇万円を現金で払戻し、残金四億八〇〇〇万円を平和相互銀行赤坂支店他の銀行へ送金した(以下、右払戻し及び送金を「本件払戻」という。)。

(三) そもそも、預金者の財産管理を委ねられている銀行としては、預金の払戻しを請求する者が正当な権限を有する者であるか否かを確認すべき高度の注意義務を負担しているところ、本件払戻については、これが預金者の意思に基づくものでないことを疑わせる次のような事情があったのであるから、被告の従業員である浜舘次長及び三沢支店長代理には、右注意義務を怠った過失がある。

(1) 本件普通預金は、前記のとおり同年一〇月一八日に口座が開設されたものであるが、口座開設の手続及びその後の同口座からの預金払戻し、預入れ等の手続は、すべて岡野自身が行っており、中央水産の者に任せたことは一切なかった。

(2) 一〇月二五日、前記のとおり、中央水産で待機していた岡野に対し、被告大畑支店から入金の電話連絡がなされた際、岡野は、「じゃあ、私すぐ参ります。」と返事し、自ら被告大畑支店に赴くことを伝えた。

(3) しかるに、同日午後二時三〇分頃、被告大畑支店において払戻しの手続を行ったのは、本件普通預金の名義人である岡野本人でないことが明らかな中央水産の者であり、しかも、払戻請求の金額は、被告大畑支店の総預金額の一割にも相当する五億円という巨額なものであり、かつ本件普通預金の全額を一度に払戻すというのであった。

(4) 本件払戻手続をなした越及び阿部が勤務する中央水産には、被告大畑支店として銀行取引上警戒感を持ってしかるべき次のような不審な事実が多々あった。

① 中央水産では、同社の新入社員歓迎会に被告大畑支店の幹部を招待したり、同支店に対し、チェックライターやカメラを贈るなど、ことさら同支店の歓心を買うような言動がみられたこと。

② 中央水産は、同年八月に設立されたばかりであったのに、二か月余の間に数百回という多数の魚類販売をする等、営利性を無視した取引が続けられていたこと。

③ 中央水産の関係者により、被告大畑支店に他人名義の預金が次々と開設されたり、中央水産会長の親戚と称する遠方居住者から、短期間に数回にわたり、いずれも億単位の通知預金等がなされていること。

④ そのうち清水那智夫名義の通知預金については、本件払戻の数日前である一〇月一六日、篠原らが、清水の了解を得ることなく、同人の印鑑を偽造したうえ、被告大畑支店に対し、預金証書のコピーで右預金の解約を求め、これを引き出そうとして失敗していること。

(四) 原告は、被告従業員の右過失により、本件普通預金の払戻しを受けられず、右預金五億円相当の損害を被ったのであるから、被告は、使用者として、原告の右損害を賠償すべき義務がある。

よって、原告は、被告に対し、主位的に、普通預金払戻請求権に基づき、右普通預金五億円の内金二億三一七五万円及びこれに対する払戻請求の日の翌日である昭和六〇年一〇月二九日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを、予備的に、民法七一五条による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金五億円の内金二億三一七五万円及び不法行為の日である昭和六〇年一〇月二五日から支払済みまで同法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)の事実は不知。(二)の事実は認める。

2  同2の(一)の事実中、昭和六〇年一〇月一八日、岡野名義の普通預金口座が被告大畑支店に開設され、同月二五日右口座に合計金五億円が振込入金されたことは認めるが、その余は不知。

(二)の事実は否認する。

3  同3の(一)の事実中、被告大畑支店が振込入金のあったことを電話連絡したことは認めるが、岡野が自ら払戻しに赴く旨を伝えたとの点は否認し、その余は不知。

(二)の事実中、本件払戻のため示された本件普通預金通帳及び届出印鑑が強取されたものであったことは不知、その余は認める。

(三)の冒頭の主張は争う。(1)、(2)の事実は否認する。(3)の事実中、本件払戻の請求金額が五億円であったこと、名義人本人でない中央水産の者によって本件払戻の手続がなされたことは認め、その余は否認する。(4)の冒頭の事実は否認する。①のうち、中央水産の新入社員歓迎会に被告大畑支店の幹部が招待されたことは認め、その余は否認する。②は不知。③は認める。④のうち、篠原らが偽造印鑑、通知預金証書のコピーを用い清水那智夫名義の通知預金の解約の申込みをしたこと、被告大畑支店が右解約に応じなかったことは認め、その余は否認する。

(四)の事実は否認する。

三  主位的請求に対する抗弁

1  (免責約款、商慣習の存在)

(一) 越及び阿部は、昭和六〇年一〇月二五日午後二時三〇分頃、被告大畑支店に来店し、岡野名義で本件払戻手続をしたが、その際、岡野名義の本件普通預金通帳及び届出印鑑を所持していた。

(二) 被告大畑支店は、①阿部らが持参した通帳が本件普通預金通帳に間違いないこと、次いで、②阿部らが作成した払出伝票及び送金依頼書に持参の印鑑により押捺された印影と被告大畑支店備え付けの印鑑票の印影とを照合してこれが届出印に間違いないこと、さらに、③コンピューター照会によって事故届が出されていないことをそれぞれ確認したうえ、本件払戻をなした。

(三) 本件普通預金契約には、「来店者が普通預金通帳を持参し、それと一緒に呈示された払戻請求書、諸届、その他の書類に使用された印影を届出の印鑑と相当の注意をもって照合し相違ないものと認めて取り扱ったうえは、それらの書類につき偽造、変造その他の事故があっても、そのために生じた損害については、銀行は責任を負わない」旨の免責約款が付され、右約款は本件普通預金通帳に印刷され、預金者がこれを了知しうるようになっていた。右約款に定めている取扱いは、一般に銀行において商慣習として広く行われているところであるから、被告大畑支店が前記(二)のような取扱いによりなした本件払戻は有効というべきである。

2  (準占有者に対する弁済)

被告大畑支店は、右1の(一)、(二)の事実から、阿部らに本件払戻手続に関する権限があるものと信じ、かつ、そう信じたことにつき過失はなかった。

したがって、本件払戻による阿部らに対する弁済は有効であって、被告は、さらに、原告に対して、本件預金の払戻義務を負担するものではない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の(一)の事実は認める。(二)の事実は不知。

(三)のうち、本件普通預金契約に原告主張の免責約款が付されていることは認めるがその余は否認する。被告大畑支店の本件払戻には、請求原因3の(三)に記載のような過失がある以上、右の約款によっても免責されることはない。

2  同2は否認する。被告大畑支店には、請求原因3の(三)に記載のとおり、本件払戻につき、これが預金者の意思に基づくものでないことを疑わせる特別の事情があったのに、単に形式的な確認手続をとったのみで、払戻請求者が正当な権限を有する者か否かを確認すべき義務を怠った過失があるから、本件払戻による阿部らに対する弁済は、原告に対する関係では有効な弁済とならない。

第三証拠《省略》

理由

第一主位的請求について

一  請求原因について

1  被告が銀行業を営む株式会社であること、昭和六〇年一〇月一八日、被告大畑支店に岡野名義の本件普通預金口座が開設され、同月二五日、右口座に合計五億円の振込入金があったことは、当事者間に争いがない。

2  そこで、まず、本件普通預金の預金者について検討するに、右当事者間に争いのない事実に《証拠省略》によれば、①原告は、金銭貸付及び信用保証に関する業務を主たる目的とする会社であり、岡野は、昭和六〇年一〇月当時原告銀座支店営業部次長の職にあった者であること、②原告は、後記認定のとおり、仲介者を通じ、中央水産から、被告大畑支店にいわゆる協力預金をしてほしい旨の依頼を受け、右協力預金をする場合の原告からの送金の受け口として、従業員の岡野をして本件普通預金口座を原告の業務として開設させたものであって、協力預金目的との事柄の性質上、原告名義によらず、岡野個人名義をとったが、右開設の際入金した一万円も原告の出捐によるなど、原告の計算において右口座が開設されていること、③また、同年一〇月二五日、本件普通預金口座に振込入金された合計金五億円についても、原告が、五億円の協力預金の依頼を受け、これに充てる目的で、同日、足利銀行日本橋支店の原告の普通預金口座から三億円を、同様に、同日、韓一銀行東京支店の原告の普通預金口座から二億円をそれぞれ引き出し原告銀座支店総務部次長の大塚洋一(以下、「大塚」という。)の個人名義をもって、右金員を本件普通預金口座に振り込んだこと、以上の事実が認められる。

3  右認定の事実によれば、本件普通預金口座の預金者は、実際の出捐者である原告と解するのが相当である。

二  被告の抗弁について判断する。

1  同年一〇月二五日午後二時三〇分頃、被告大畑支店において、中央水産の越及び阿部らが本件普通預金通帳及び届出印鑑を示して金五億円の払戻しを請求し、同支店の浜舘次長及び三沢支店長代理が右請求に応じ、内金二〇〇〇万円は現金で払戻し、残金四億八〇〇〇万円は平和相互銀行赤坂支店他の銀行に送金して本件払戻を行ったことは、当事者間に争いがない。

2  そこで、本件払戻による免責の成否について検討するに、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができるのであって、《証拠省略》中、右認定に反する部分は採用しない。

(一) 原告は、昭和六〇年一〇月一七日、金融ブローカーの小松崎茂(以下、「小松崎」という。)を介し、中央水産から、原告には手数料として月利一・二パーセントの割合で、合計三六〇万円支払うので、被告大畑支店に一億円を三か月間定期預金してほしい旨のいわゆる協力預金の依頼を受けた。

右の協力預金とは、依頼主のために、その取引銀行等の金融機関に対し、依頼人と金主との特別の関係を示しながら一定期間預金することにより、依頼主に資金力、信用力があることを右金融機関に印象づけて、右両者の関係を円滑にするためのものである。

(二) ところで、中央水産は、篠原、越及び阿部らが銀行から金員を騙取することを企図し、同年八月九日青森県むつ市において、水産物及び加工食品の販売等を営業目的として設立した会社であって、篠原らは、金員騙取の舞台として被告大畑支店を選び、その企図を実現すべく、同年八月一四日同支店に対し、中央水産の会社設立に伴う資本金一〇〇〇万円の保管証明書の発行を依頼したのを皮切りに、翌一五日には、同支店に中央水産の普通預金口座を開設し、同支店との取引を開始し、その後、従業員の給与振込のため、五二名分の普通預金口座を開設した。そして、篠原らは、中央水産が商取引の活発な優良企業であることを同支店に印象づけるため、右中央水産の普通預金口座への入金回数を増やすべく、短期間に多数回にわたり、採算を全く度外視した魚類の販売を行い、その結果、右口座には、連日のように一〇〇万円以上の売上代金が入金された。また、篠原らは、中央水産が信用力・資金力のある会社であることを同支店に印象づけるため、同年一〇月頃、同会社の会長の妻と称する小西美津江名義をはじめ、会長の親戚と称する数名の者名義の口座を同支店に開設し、さらに、同年一〇月八日頃、会長の親戚と称する清水那智夫が同支店に二億円の通知預金をした。

その一方で、篠原らは、同支店幹部の歓心を得ようと、同月五日、中央水産の新入社員の歓迎会に同支店幹部を招待したり、開設祝いと称して、同支店にチェックライターやカメラを送るなどした。もっとも、同支店では、チェックライターは、取引先全部に儀礼的に配ったものと考えて受け取ったが、カメラについては、直ちに返却した。

このような工作の結果、事情を知らない被告大畑支店においては、中央水産が信用力・資金力のある、商取引の活発な企業であるとの印象をいだくこととなった。

(三) 篠原らは、同年一〇月一六日頃、前記清水那智夫名義の通知預金口座から、同人に無断で二億円を引き出そうと考え、同人の印鑑を偽造するとともに、右通知預金証書のコピーを呈示して、被告大畑支店に対し、北海道に出張中の会長が鮭を仕入れるのに急に三〇〇〇万円程の資金が必要になったとの理由で、その解約を申し入れたが、同支店では、通知預金の部分的な解約には応じない取扱いとなっており、しかも通知預金証書のコピーの呈示しかなかったため、印鑑の照合をするまでもなく、右申入れには応じなかった。篠原らは、右目論見が失敗するや、これを糊塗するため、とりあえずは二〇〇万円で間に合うからと言って、同支店に二〇〇万円の借入れを申込み、同支店もこれに応じて二〇〇万円の貸付を行ったが、翌日には右二〇〇万円の返済をしたことから、このような一連の動きに対し、同支店が格別中央水産に不審をいだくようなことはなかった。

(四) 冒頭記載のとおり、中央水産から協力預金の依頼を受けた原告は、同年一〇月一七日、小松崎を介して、右手数料の内金一五〇万円を受領したが、残金二一〇万円は青森県むつ市で支払われるとのことであったため、岡野が同月一八日午前中、原告からの送金の受け口としての口座を設けるべく、被告大畑支店を訪れ、普通預金申込書用紙の氏名欄に岡野の個人名を、住所欄に岡野の千葉県松戸市の住所と自宅の電話番号をそれぞれ記載し、原告出捐にかかる一万円を添えて、普通預金口座の開設を申し込んだ。その際、同支店の三沢支店長代理が岡野に対し、「遠方の方ですね。」などと話しかけ、岡野は、肩書の記載のない同人の名刺を渡し、「近々、振込がある予定なので、入金があったら参ります。」などと述べ、本件普通預金口座開設の手続を終えた。

ところが、岡野は、小松崎から、手数料の残額が入手できないとの連絡を受けたため、同人とともに、協力預金の依頼者である中央水産に赴き、その会長坂浜作と称していた篠原と話合った結果、すでに手数料として一五〇万円を受領していたこともあって、一か月の通知預金をすることで、中央水産の求めに応ずることになった。そこで、岡野は、同日午後一時頃、経理部長五十嵐と称していた阿部とともに被告大畑支店を訪れ、すでに本件普通預金口座に原告から振込入金されていた一億円を岡野名義の通知預金に振り替える手続をとったが、その際、阿部が同支店の浜舘次長に対し、岡野のことを「会長の親戚です。」と言って紹介し、岡野もこの紹介を肯定する態度をとったため、同支店では、岡野が中央水産の関係者であって、本件普通預金口座も中央水産に関連する口座であるとの印象を持つこととなった。

(五) 前記のとおり清水那智夫名義の通知預金口座から二億円を引き出すことに失敗した篠原らは、原告に対し、協力預金名下に五億円を被告大畑支店に預金させて、これを騙取しようと企て、同年一〇月二一日、小松崎を介して、原告に対し、五億円を一か月間被告大畑支店に預金してもらえれば、手数料六〇〇万円を支払う旨の申込みをし、小松崎を介して、原告に対し、同月二二日に金三〇〇万円を、同月二四日に金三〇〇万円をそれぞれ支払った。そこで、岡野は、右依頼の趣旨に則り、五億円の協力預金をすることにつき原告会社社長の決裁を得たうえ、同月二五日、小松崎のほか、原告会社従業員の鈴木宏行とともに、むつ市の中央水産に赴いた。そして、同日午前中、岡野は、中央水産の会社事務所から原告銀座支店の総務部次長大塚洋一に電話連絡をとったところ、すでに送金の手配は終っているとのことであり、同事務所において待機していた。

(六) 他方、同月二五日午後〇時過ぎ頃、被告大畑支店の浜館次長は、篠原から、「岡野の口座に五億円が振込になってくる。入ったら、岡野さんが中央水産の社長室にいるので、連絡してもらいたい。」との依頼を受け、中央水産の社長室直通の電話番号を告げられ、さらに、その約三〇分後には、経理部長と称していた阿部から、同支店に、二〇〇〇万円の現金が揃っているかどうか、との問い合わせの電話があった。同日午後一時三〇分頃、本件普通預金口座に五億円が振込入金されたので、一時五〇分頃、浜舘次長が、篠原からの依頼どおり、中央水産の社長室に電話したところ、岡野本人が電話に出たので、浜舘次長が岡野に対し、五億円の入金があった旨を告げたところ、岡野から「承知しました。これから参ります。」との返事があった。

(七) 右電話を受けた岡野は、直ちに前記鈴木及び小松崎とともに、阿部の運転する車で被告大畑支店に向かったところ、途中、中央水産の加工センターに連れ込まれ、同所で待ち構えていた篠原ら五、六名の者に監禁されたうえ、篠原らに本件普通預金通帳と届出印鑑を強取された。

(八) 同日午後二時三〇分頃、阿部及び中央水産の副社長と称していた越が被告大畑支店に来店したので、同支店では、阿部らをカウンター内の応接セットのあるコーナーに通し、浜舘次長と三沢支店長代理とが応対した。ここで阿部らは、前記のとおり岡野から強取した本件普通預金通帳を呈示し、予め申し出ていたとおり、二〇〇〇万円は現金で、四億八〇〇〇万円は振込みの方法で払戻すことを求め、払出伝票及び送金依頼書に所定の事項を記入し、前記のとおり岡野から強取した届出印鑑を押捺して、提出した。浜舘次長らは、右払出伝票及び送金依頼書に押捺された印影を印鑑票の印影と照合するなどして、阿部らが本物の本件普通預金通帳を所持し、かつ届出印鑑を用いて払戻しの手続を行ったことを確認し、次いで、コンピューター照会により、事故届がないことを確認した。このような手続がなされていた間、阿部らは、中央水産の従業員の給与振込用の預金口座(五二口)に六五〇万円を入金する手続をしたり、鮭の水産加工の話をするなど、終始落着いた態度をとっており、同人らが無権限で本件払戻手続をしているのではないかと疑わせるような状況は一切なかった。

かくして、浜舘次長らは、阿部らを本件預金名義人である岡野の使者ないし代理人であると考え、阿部らに本件払戻手続に関する権限があるものと信じ、同人らの請求に応じ、前記のとおり本件払戻を行った。

(九) 本件普通預金契約には、「来店者が普通預金通帳を持参し、それと一緒に呈示された払戻請求書、諸届、その他の使用された印鑑を届出の印鑑と相当の注意をもって照合し相違ないものと認めて取り扱ったうえは、それらの書類につき偽造、変造その他の事故があっても、そのために生じた損害については、銀行は責任を負わない」旨の約款が付されており(このことは当事者間に争いがない。)、右約款は、本件普通預金通帳に印刷され、預金者がこれを知り得るようになっていた。被告大畑支店においては、通常、預金の払戻しをする場合、来店者が呈示した預金通帳等が本物であること、払戻請求書等に押捺されている印影が届出印鑑の印影と同一であること及び事故届けが出されていないことを確認のうえ、払戻しをしているのであって、本件払戻もこのような取扱いに準拠してなされたものである。

3  以上の事実に基づいて考えるに、本件普通預金の名義人である岡野は、被告大畑支店に対しては、自身が中央水産の関係者であることを印象づけるような行動をとっていたこと、浜舘次長は、予め中央水産の篠原から、五億円の入金があった場合の連絡先として中央水産の社長室の電話番号を指示されており、五億円の入金後、浜舘次長がその番号に電話したところ、その電話に名義人の岡野が出たこと、その電話で、岡野が、「これから参ります。」と返事したことは前記のとおりであるが、右の返事によって、岡野本人が同支店の店頭に出向く旨を答えたとまでは認められず、その約四〇分後に、かねて中央水産の経理部長と称していた阿部らが同支店に来店し、真正な本件普通預金通帳と届出印鑑を呈示して、預金の払戻しを請求したこと、このような経緯から、この払戻請求が岡野の意思に基づくものでないことを疑わせるような状況はなく、また、少なくとも右の時点において、同支店が、中央水産なる会社につき、従前の銀行取引の経緯に照らし警戒感をもって対応しなければならない程の不審な状況があったとまではいえないこと、これらの事情に、本件普通預金が流動性の高い普通預金であること及び印鑑照合等による免責約款の存在していることを併せ考慮すると、同支店の浜舘次長らとしては、さらに岡野本人に問い合わせるなどして、阿部らの権限の有無を確認すべき注意義務があるとまではいえず、浜舘次長らには、阿部らが払戻請求の権限を有すると信じて本件払戻をしたことにつき過失はなかったものと認めるのが相当である。

4  したがって、本件払戻は、債権の準占有者に対する弁済として効力を有するものというべきであり、原告の主位的請求は理由がない。

第二予備的請求について

原告の予備的請求は、被告大畑支店の浜舘次長らが本件払戻をするに当たり、払戻請求をした阿部らの権限の有無を確認すべき注意義務があるのに、これを怠った過失があることを前提とするものであるところ、浜舘次長らに注意義務違反があるとはいえないことは、前段で示したとおりであるから、原告の予備的請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

第三結論

以上によれば、原告の主位的及び予備的請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原健三郎 裁判官 土居葉子 舛谷保志)

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